あの頃おめはスゴがった ~県内全市町村の全盛期・黄金時代 第4回:県南編

前回からだいぶ間が空いてしまってすみません。

県内全市町村の全盛期・黄金時代を独断で決めてしまおうという強引この上ない珍企画『あの頃おめはスゴがった』もついに第4回となりました。

過去のシリーズ

今回は茨城県内の人口の3分の1を占める県南エリアです。
市町村の数も県内最多の14となります。

これまで3回記事を書いてきて気づいたのは、書くのが大変なわりに報われた感じがしないことです(笑)。
こういうのって歴史とかマニアックな分野なので、なんかコメントしにくいですよね。
しかも、「まちの全盛期」なんて普段考えることもないわけで、これが●●市の全盛期です!といっても、「そ、そうなんだ。汗」という反応しかしようがないのかもしれません。

まあ、最初に考えていたより、カッチリしているというか、(あくまでわかる範囲ですが)歴史を入念に調べて、複数の候補を挙げた中から全盛期を一つ選んでいるので、それ以上話を広げにくい気がします。

それならば・・・と、今回はちょっと方向転換して、軽いノリでサクサク決めていきたいと思います。
なんせ14市町村もありますからねぇ。サクサク決めていかないと終わらないんです(笑)。

ところで、今回初めてお読みになる方はなるべく第1回から読んでいただけるとありがたいのですが、県南にたどり着くまでに最低10分以上はかかるかと思いますので、調査の目的や選考基準、注意点は下記に掲載しておきますね。

調査の目的

ふるさとの歴史を知り、地元に興味を持ってもらうこと。また、それを現在に活かしていただくためのきっかけをつくること。

選考基準

  1. 必ず過去からセレクトすること。したがって、「今が全盛期」「これから全盛期が来る」というのはNG。
  2. 例え、どんなにしょぼくても、そのまちにとっての全盛期であればよいとする。
  3. 全盛期という場合、「昭和三十年代」や「明治初期」「1960年代前半」などのように数年~数十年単位で語られるのが一般的だが、ピークを一点に定めた方がわかりやすく、また、ネタ的にも面白いので、必ず1年単位で選ぶこととする。
  4. 全盛期を象徴する、もしくは全盛期のきっかけとなるようなインパクトの強い出来事がある場合は、その出来事を優先することとする。実際の全盛期(ピーク)とズレるため、本当の意味での全盛期とはいえないが、これも正確性・客観性を重視するよりもわかりやすさや話題性を重視したほうがより多くのみなさんに興味を持ってもらえると判断した結果である。

閲覧にあたっての注意点

あくまで「ごじゃっぺ観光協会」の調査なので、真に受けないでください。全く客観的ではありません(笑)。

第4回 県南エリア編

最北部である新治郡エリアからいってみましょう。

石岡市

その昔、常陸国の国府が置かれていた石岡市。
この時代を全盛期とするのになんら異論はないと思いますが、その中の1年を選ぶとなると難しいですね。
歴史的な重要性という観点から、「常陸国風土記」が書かれた年をプッシュしましょうか。
風土記が現在まで伝わっているのはたった5国しかないんですよね(常陸国、播磨国、肥前国、豊後国、出雲国)。
ただし、何年に成立したかは諸説ありますので、ここは茨城県庁のホームページの記述を採用したいと思います。

  • 石岡市の全盛期:723年 常陸国風土記が完成

参考URL:県政のあゆみ 茨城県

かすみがうら市

せっかく市の名前が「かすみがうら」なので、霞ヶ浦関にまつわるネタで全盛期を決めます。
インパクトと現在の観光につながるという点で、「帆引き船(帆曳船)」の発明にしましょう。

帆引き船は、風の力によって船を横に流して漁を行う世界唯一の漁船で、この船の発明により、漁民の生活は大いに向上したそうです。
帆引き網漁は、1960年代なかばにトロール漁が登場するまでの100年近くに渡って、霞ヶ浦漁業の代名詞として一時代を築きました。

かすみがうら市の全盛期は、旧新治郡坂村の折本良平が帆引き船を発明した明治13年(1880年)にしたいと思います。

  • かすみがうら市の全盛期:1880年(明治13年) 折本良平により帆引き船が発明される

土浦市

県南の中核都市である土浦市。
今でこそつくば市に主役の座を奪われている感がありますが、つくばができる前の県南の中心地といえば土浦市で、「あの頃が全盛期だった」という話が一番盛り上がりそうな市の一つですね。

土浦城の城下町として、水戸街道・霞ヶ浦の陸運・水運で栄えた時代。
明治に入り、新治県が成立し、県庁が置かれた時代。
戦前~戦中の海軍の街として栄えた時代。

たぶん30代以上の方にとっては、自分の体験した土浦のにぎわいを土浦の全盛期だと感じる方も多いでしょう。
茨城は田舎でも、土浦は都会。
小網屋、京成、西友、丸井・・・
百貨店といえば土浦。「赤いカード」の丸井もあんだかんね!
土浦ならあのマクドナルドのハンバーガーも食えんだから!・・・みたいな(笑)

今回は「中心地としての土浦」という観点にこだわって、1871年(明治3年)に新治県が誕生した年を土浦市の全盛期にしたいと思います。

  • 土浦市の全盛期:1871年(明治3年) 新治県が誕生。土浦に県庁が置かれる。

次は稲敷郡エリアを北から・・・

牛久市

牛久といえば、対外的にもネタ的にも牛久大仏が有名ですが、他にも日本初のワイナリーが牛久に作られたり、偶然「うな丼」が発明されたり、牛久沼で河童がとらえられたり、金龍寺の小僧が食ってばかりで牛になってしまい沼で入水自殺したり(牛久沼の由来)・・・いろいろな出来事が起こっているんですね。一部伝聞も含まれていますが(笑)。

でも牛久って今でも順調に発展しているという印象が強いですね。
今回は名より実を取って、1998年(平成10年)の「ひたち野うしく駅」の開業にしたいと思います。

ちなみにひたち野うしく駅は、1985年の科学万博の期間中は「万博中央駅」でした。
「万博中央」ってわりには万博会場まで結構遠いですが、TXの万博記念公園駅も名前のわりには公園まですごく遠いので、何か「伝統」みたいなものがあるんでしょうか(笑)

  • 牛久市の全盛期:1998年(平成10年) ひたち野うしく駅が 開業

阿見町

阿見は戦時中の「予科練」の本拠地として知られていました。
予科練とは海軍のエリートパイロットの養成学校といえばいいでしょうか。

ただ、これを全盛期に持ってくるのもどうかと思いますし、牛久などと同様、順調に発展しているという印象があるので、最近の話題の中から全盛期を選びます。

そうなると、これはもうずばり「アウトレット」しかないでしょう。
圏央道のICからほぼ直結の「あみプレミアム・アウトレット」はアメリカ西海岸の町並みをモチーフにした非日常的な空間がウリですが、そのおしゃれな町並みの背後に牛久大仏がどかーんと現れてしまうところが非日常性に拍車をかけていて素晴らしいです(笑)。

  • 阿見町の全盛期:2009年(平成21年) あみプレミアム・アウトレットが開業

美浦村

「みうら」じゃなくて「みほ」だかんね。
茨城県で2つしか存在ない村の一つです(もう一つは東海村)。

東日本の競馬ファンにとっては、美浦といえばトレセンですね。
トレセンとはトレーニングセンターの略で、JRAの競走馬の調教施設です。
美浦村が美浦村でいられる、つまり、財政が安定しているのは、このトレセンの存在が大きいですね。

  • 美浦村の全盛期:1978年(昭和53年) JRAの美浦トレーニングセンターが開設

稲敷市

旧稲敷郡の4町村が合併してできた稲敷市ですが、中心地である江戸崎は江戸時代に霞ヶ浦の舟運で栄えたまちでした。
市内にある江戸崎不動院はあの天海僧正が住職をしていた時期もあり、関東八檀林の一つとして隆盛を極めました。関東最大級の仁王像もあります。

ただ、稲敷市の全盛期といったら、あの球団は外せないかと。
あの球団とは、欽ちゃん球団こと「茨城ゴールデンゴールズ」ですね。
2005年、旧桜川村を本拠地として誕生し、日本中の話題をさらったのはまだ記憶に新しいですね。
インパクトを重視してこっちでいきましょう。

  • 稲敷市の全盛期:2005年(平成17年) 茨城ゴールデンゴールズが誕生

河内町

全国には「河内」という地名が多いと思いますが、名前の由来は読んで字のごとく河(川)の内側にあるという意味です。
茨城県の河内町も利根川と新利根川に挟まれていて、まさに河内ですね。

全盛期とはちょっと意味合いが違うんでしょうが、1979年(昭和54年)の常総大橋の開通は重要でしょう。

河内町は成田に行くのも距離的には龍ケ崎や江戸崎に行くのとそれほど変わらず、最寄り駅もJR成田線の滑河駅なので、橋ができたことでだいぶ便利になったことと思います。
ちなみに常総大橋がかかる前はなんと船を20隻を並べて、その上に木の板を乗せた「常総船橋」という橋だったそうです。そのへんの小川ならわかりますが、利根川でもそういうことが可能なんですね(笑)。

  • 河内町の全盛期:1979年(昭和54年) 常総大橋が開通

いったん北上して、今度は筑波郡エリアです。

つくば市

つくば市はどうしましょうねぇ。
つくばエクスプレス」という市の名前を冠した鉄道が開通し、陸の孤島だったつくばが一気に都心と直結されたことのインパクトは大きいですし、北関東最大級のショッピングセンターであるイーアスつくばが開業したり、研究学園駅近くにつくば市役所が移転したという一連の流れは全盛期を象徴していますね。

でもそれ以上に1985年の科学万博はインパクトが大きかったかと思います。
茨城県民にとっては万博といえば大阪でも愛知でもなく、つくばでしょう。
山ばっかりで何にもなかったつくばに当時最先端だったパビリオン群がどかーんと立ち並んでしまうという、その様変わり具合といったらもう言葉では言い表せないほどの衝撃がありました。

また、1985年にはクレオ(現クレオスクエア)も開業しているんですね。
ジャスコは下妻の伊勢甚で見慣れていた人も多かったでしょうが、もう一つが「西武」というのがすごかったですね。
ララガーデンやイーアスが開業しても別段驚くことはありませんでしたが、あの当時の茨城で西武というギャップはすごいでしょ。

というわけで、つくば市はやっぱり1985年にします。星丸LOVE!

  • つくば市の全盛期:1985年(昭和60年) 科学万博が開催される

つくばみらい市

谷原3万石といわれ、豊かな田園地帯だったつくばみらい市ですが、伊奈・谷和原の合併により、まったく別ジャンルのネーミングとなってしまったのには理由があります。

つくばエクスプレス(TX)の開業にあたり、両町村のちょうど境目あたりにできた新駅の名前が「みらい平」になったことで、伊奈町・谷和原村がつくばみらい市となることを決定付けられたといっても過言ではないでしょう。

となると、全盛期はつくばみらい市の誕生、またはTXの開通でよさそうですが、茨城王的には当ごじゃっぺ観光協会でも取り上げた「IT・先端技術のまち日本一」の栄冠に輝いた事件をつっこまずにはいられないのです。

「魅力度調査で茨城県が2年連続最下位」でおなじみの某研究所が行った「地域ブランド調査2007」におきまして、なんとつくばみらい市が「IT・先端技術のまち」で日本一になったのです。

詳しくは「勝手にキャッチコピー…つくばみらい編 」をお読みいただくとして、すでにこの内容を知っていた方なら「魅力度調査で茨城県が2年連続最下位」というニュースを聞いてもなんら驚くことはなかったでしょうね。結局、ランキングって・・・アレなんですね。民意とか市民感覚とか世論とかも、まあ・・・それに近いのかもしれません(笑)。

話は逸れましたが、2007年にさせていただきます。

  • つくばみらい市の全盛期:2007年(平成19年) つくばみらい市がIT・先端技術のまち日本一になる

守谷市

つくば市、つくばみらい市と、立て続けにTX沿線のまちを紹介してきましたが、TXが開業して誰が一番得をしたかというと守谷市でしょう。

TXに乗った人ならわかりますが、守谷とつくばだと結構差がありますよね。守谷~秋葉原間は最短で32分ですよ。本数もほぼ倍ですしね。常磐線の取手と土浦の差とまではいかないかもしれませんが、TXに乗ったことがない方は同じようなイメージで考えてもらえばわかりやすいでしょう。

でもここであえてTX開業を全盛期にしないのが茨城王のヘンなこだわりで(笑)、守谷市の全盛期は2008年にしたいと思います。
実はこの年の「全都市・住みよさランキング」で守谷市が日本一になっているんですね。
ちなみにトップ50にはつくば市(13位)、水戸市(37位)、土浦市(44位)も入っています。

  • 守谷市の全盛期:2008年(平成20年) 守谷市が住みよさランキングで日本一になる

取手市

茨城の南の玄関口ともいえる取手市。
県内では唯一常磐線の快速が止まるというのは取手市民の誇りです(でした)。

常磐線関連でいきますと、複々線化が完成し、地下鉄千代田線の乗り入れが始まった1980年(昭和55年)でしょうか。人口増加の面でもこのへんがピークでしょうね。

あと、取手といえば甲子園でしたね。木内監督は今でこそ常総学院の顔ですが、取手二高時代を全盛期に挙げる人も少なくありません。
特に桑田・清原のPL学園を延長で破って優勝した1984年の夏の甲子園は忘れられませんねぇ。その話だけでご飯が3杯お変わりできる人も多いんじゃないでしょうか(笑)。ああ、まさに木内マジック。

熱狂度とPR効果を重視して、1984年を全盛期にしましょう。

  • 取手市の全盛期:1984年(昭和59年) 取手二高が夏の甲子園で優勝

龍ケ崎市

龍ヶ崎市でも竜ヶ崎市でもない龍ケ崎市。
市の名前は龍ケ崎としていますが、市内にはいろんな「りゅうがさき」が混在しています。

「竜ヶ崎ニュータウン」もその一つですね。
県南のニュータウンといえば、常総か竜ヶ崎でしょう。
龍ケ崎市の人口増加につながったという実績を評価して・・・

  • 龍ケ崎市の全盛期:1981年(昭和56年) 竜ヶ崎ニュータウンの入居がはじまる

利根町

利根町は民俗学の大家である「柳田國男」の第2の故郷というのをプッシュしていますね。
実際に住んだのは2年間でしたが、利根町での体験が民俗学を志すきっかけになったといわれています。

他に候補としては利根ニュータウンの建設もありますが、ニュータウンは龍ケ崎で取り上げたばかりですしね。

あとはやっぱり橋でしょうか。
利根町という名前のとおり、利根町は利根川沿いにある町ですが、利根川を渡る橋は重要ですよね。

栄橋は利根町と我孫子市を結ぶ橋で1930年(昭和5年)に作られました。
その後、1971年(昭和46年)に新しい橋にかけかえられ、これによりベッドタウン化に拍車がかかりました。
よって、全盛期は1971年にしたいと思います。

  • 利根町の全盛期:1971年(昭和46年) 栄橋が架け替えられる

参考URL:利根町 プレイバック ~町の歴史~